みやざき、旅にでたってよ

みかけたら乗せてください

スクーターは考え事をするのに向いている。

こんばんは、みやざき(@tkd_kg2)です

 

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今回の人吉住み込みバイトは、下田でのゲストハウスヘルパーに次ぐ長期間の住み込みバイトだったが内容は違うのは当たり前だとしても、楽しさのベクトルがほぼ間逆といってもいいくらい全然違った。

 

 

zak1m1ya.hatenablog.com

 

 

 

例えると、前者はしきりのない25mプールで自由に泳いでいいよ。という状態

もちろん僕は「ひゃっっほおおおーーー!!!!自由だぁぁぁあああ!!!」なんて叫びながら泳いでいる。

これに対して、後者は同じ25mプールだが、しきりが存在し、レーンも泳ぎ方も決まっており黙々と泳いでいる。なんなら頭ん中ではフォームを意識している。

 

 

 

ゆったりとした自由な楽しさと食らいつかなきゃ置いていかれる楽しさ。

そう、結果的には楽しく終われたが、バイト中はひどかった。

 

 

結果に伴う自己肯定は自信になるが、結果の伴わない自己肯定はただの根拠のない自信にしかならず、ふとしたときにポッキリと折れる。

社員さん含め、僕の周りにいた人は、もがき苦しみながらも闘ってきた人達で、肝心の僕は後者のただの自信過剰で、気づいているのに見ないように蓋をして隠し続けた人間だった。別に日本一周がすごいことだとは思っていないが、「目的」ではなく「手段」として日本一周をしよう。と決めたわりには、この8ヶ月でなにも結果が残せておらず、自暴自棄になり、今までの旅を全否定したくもなった。

 

 

 

一度不安を感じたら、普段だと軽くいなせるくらいの小さな不安も気になり始め、そんなブルー期は3日ほど続いた。

社員さんや同じバイトには気を使わせたし、迷惑もかけた。この時ばかりはただただ早く人吉から出たくてたまらなかった。

 

 

 

そしてブルー期4日目に、バイトと社員さんと社長とで呑む機会があった。

 

 

馬刺しや焼き鳥を食べ、お酒もほどよくまわってきたころ、迷惑をかけた二人が隣に座っているにもかかわらず、ここ最近モヤモヤしていたことを社長に打ち明けた。

その時はまだ僕の中で、まだはっきりと不安の元凶がなんなのか、がまとまっておらず、「隣に座っているふたりが優秀」だの「バイト以上のことができない」だの、あまり詳しくは覚えてないが(酔っていたため)、学歴コンプレックスまがいの嫉妬、や自己否定の言葉を発していた、と思う。

 

 

社長は僕が言いたいことをひとしきり言い終わるまで待ったあと「新卒は高学歴だろうが、低学歴だろうが大した差はない。」と言い、いくつか話をしてくれた。

 

 

 

何を言うかではなくて、第三者の、しかも立場が上の社長からの言葉だったからこそ胸にくるものがあり、僕を調子付かせる言葉としてではなく。考えすぎから脱してくれる言葉として救われた気がした。

社長だけでなく、モヤモヤしていることを話した友達なり家族なり、恋人はいないが自分を肯定してくれる人達が少なからず身近にいることを改めて感じた。

 

 

そして、呑みの次の日からは、「今の僕には会社に貢献できるスキルは持ち合わせていない!!」と開き直って、気合いを入れて配達することと、せっかくここに来たのなら何か身につけて去ろう!

ということで現状を把握するために会社のことを質問したり、バイトの子がやっていたExcelでの作業を替わってもらったりもした。

 

 

 

ちなみにExcelでの作業は簡単で、テクニックみたいなのを知っていれば数十分もかからないのだが、僕はそれを知らずくそまじめにコピー&ペーストを繰り返していたので数時間かかった。自分ポンコツすぎた。

 

 

替わってもらったバイトの子は、内心怒っていたと思うが気にしない。最初ってそんなもん!!(開きなおり)

 

 

とにもかくにも人吉の生活は旅の中でというか、僕にとって有意義なもので楽しかった。

人吉のおじいちゃんおばあちゃんがくれたお菓子や手作りキムチは美味しく、ニコニコしていて優しかったし、集落までの道のりで見かけた景色は、日本各地の景勝地にも勝るとも劣らず昔ながらの日本の風景が残っている気がしてとても綺麗だった。

 

 

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まとめ

僕は旅が好きだ。

だからこそ自分が好きなものを逃げるための手段にしたくはないし、5年後か10年後、「あのとき旅に出たから、今の自分がいる。」と胸を張って、ドヤ顔で言って自己肯定できるくらいには力をつけときたい。

自分の好きな旅が人生において有意義なものだということを証明したい。

 

 

 

それではまた。